映画「極道の妻たち」シリーズ主演、日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞経験もある高島礼子さん。近年も精力的に様々な作品に出演していますよ。
今回は高島礼子さんの学歴や経歴について紹介します。
目次
高島礼子の学歴や経歴
大ベテランの役者である高島礼子さん。実は意外な過去の持ち主なのです。ここからは高島礼子さんの学歴、経歴について紹介します。
アマチュアレーサーとして活動
神奈川県立野庭高等学校を卒業した後、横浜市内の自動車関連会社で3年間OLとして働いた高島礼子さん。実は自動車が好きでレーサーになることを志し、OLの期間はアマチュアレーサーとして活動していました。
21歳でJAFのコンペティションモータースポーツライセンス国内A級を取得すると、1987年、レース活動費捻出のために会社を辞めてレースクイーンとして活動開始。キャンペーンガールやキャビンレーシング事務局でのアルバイトなどでレース費用を稼ぎましたが、金銭面の負担が大きくプロレーサーの道は断念することとなりました。
レーサー断念後芸能事務所に所属
レーサーの道を諦めた高島礼子さんは23歳の頃にキャンギャル仲間からモデル事務所を紹介してもらってモデル業を開始、1988年にとらばーゆのCMでデビューを果たしました。このCMが松平健さんの目に止まり、暴れん坊将軍Ⅲでドラマ初出演を果たしましたよ。
そこから本格的に役者業を行うようになり、1993年には映画「さまよえる脳髄」で初主演、映画「陽炎」シリーズにも出演するなど、役者として順調にステップアップしていきました。
「極道の妻たち」「長崎ぶらぶら節」に出演
1999年に人気映画シリーズ「極道の妻たち」の4代目極妻を務め、2001年には「長崎ぶらぶら節」での演技が評価され第24回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しました。実力派の役者としてその名を轟かせた高島礼子さんは以降、長きにわたって様々な作品に起用され続けました。
2024年にも「カーリングの神様」など出演映画3作が公開、更に2024年7月クールの日本テレビ系ドラマ「GO HOME〜警視庁身元不明人相談室〜」に出演するなど、現在も役者として盛んに活動されています。
高島礼子は高知東生と結婚していた
高島礼子さんは1999年2月、同じく役者の高知東生さんと結婚しました。1997年のドラマ「せいぎのみかた」で共演、ですがその前年に知人の紹介で知り合っており、交際期間は約2年だったとされています。
役者としての人気は高島礼子さんの方が先行しており、当時二人の結婚を「格差婚」と呼ぶ声もありました。しかし結婚当初から夫婦の仲の良さが伝わってくるようなエピソードも多く、また高知東生さんの役者としての活動も結婚後に軌道に乗っていき、いつしか二人は「芸能界きってのおしどり夫婦」と呼ばれるようになっていきましたよ。
2016年に離婚
しかし、おしどり夫婦だったはずの二人は2016年に離婚しています。実は高知東生さんが2016年6月24日に覚醒剤と大麻所持の容疑で逮捕されてしまうという出来事があったのです。おまけに、この時高知東生さんが逮捕された場所はホテル。共にいたホステスの女性も同時に逮捕されており、高島礼子さんは夫の覚醒剤使用と同時に不倫の事実も知ることとなってしまったのです。
15年以上の時を共に歩んできた二人ですが、この衝撃的な事態に直面しては離婚となるのも無理はないでしょう。なお、二人の間にお子さんは誕生しなかったとされています。
現在は独身を謳歌
2024年1月のテレビ出演の際に、二度目の結婚について共演者から話を振られた高島礼子さんは「一人を凄く謳歌しているんです」とコメント。以前は夫を中心に動いているタイプだった分、猫とともに自分の好きなように生きている今が凄く楽なのだとか。少なくとも、近い内に再婚する予定だとか、そういったことではないようですね。
高島礼子 2度目の結婚への本音告白「旦那さん中心に動いているタイプだったので…」― スポニチ Sponichi Annex 芸能
最後に
今回は高島礼子さんの学歴や経歴などについて紹介しました。夫の逮捕と不倫を同時に知るなんて経験をしたことがある人、きっと相当少ないでしょうね。高島礼子さんがその後の人生を謳歌出来ているのは、本当に良かったです。